「ここはどこだろう」

と、そうつぶやく。
昼間から薄暗い、うねるバザールの小道を、行き先もなく迷い続けているときに。ムスリムであふれかえる小汚い食堂で、いつ来るとも知れない人間を待ちながら、アザーンを耳にするときに。糞をひりながら、真っ黒に塗りつぶされてしまった、ドアに描かれた卑猥なイラストを眺めているときに。

「ここはどこだろう」

黄緑色の壁紙、汚物で湿る泥道、美青年の指で光る大きなガーネット、花輪をかけられた羊、血で道をぶよぶよにする肉屋、次々と頚動脈を切られていく山羊たちの瞳、回る鶏、笑う女の金歯、ひるがえるオレンジ色のスカーフ、青色のスカーフ、緑色のスカーフ、黄色い目をしながら座って小便をする男たち、頭には深く赤いターバン、群青色の頭痛、モスグリーンの眩暈、そう、ねえ、眩暈がするんです。

「ここはどこだろう」

そう、頭が痛いんです、頭が痛いんです頭が痛いんです頭が痛いんです頭が痛いんです僕がいたいのはここではないんですどこなのかは分からないけどここではないんです歩き続けてはいるけれどどこへかなんて分かりません座ってようが歩いてようが同じことなんです僕には待つことしか出来ないんです歩きながら待っているんですあなたは笑いますかあなたは笑うんですかでもあなただって待っているんでしょうそんな卑屈な笑いを浮かべながらそれでも待っているんでしょうそれしか出来ないんでしょう待つことしか出来ないんでしょう――。

「ここはどこだろう」

言葉を飲み込みながら空を見上げる。暗い建物に隠れて、うっすらと、それでも空はまだ青い。


溶暗


照明


かわいい少女。くせ毛をした、肌がつややかに黒い、目のくりくりと大きな、顔をくしゃくしゃにしてこっちに笑って。彼女はもう完全に僕に気を許してしまって、僕と手をつなぎ、僕に抱きつき、僕にしがみついてくるんだ。そのたびに僕は彼女のお馬さんになってやり、高い高いをやってやり、体をぐるぐると回転させてあげる。そうすると彼女は顔をくしゃくしゃにして笑うんだよ。僕のまったく分からない言葉をまくし立ててさ。あるとき一緒にトムとジェリーを見ていたら、その子が突然僕の頬にキスをしてさ、それがあまりに突然だったものだから驚いて見てみたら、彼女、あの笑顔で顔を赤くさせて、ソファーにもぐりこんじゃったよ。なんていうのかな、こういうの説明がいらないと思うんだけど、僕はとても幸せになっちゃって、やっぱり笑ったんだよ、顔をくしゃくしゃにして。一緒に笑いあってさ。そういうのって言葉が必要ないだろ?目の前にその人が存在するっていうのが重要なんだ。だからさ、それが今のところ僕が旅を続ける理由かな。


溶暗