眩暈のような、パースペクティブ

 その市場は大連駅の南側、友好広場から程遠くない場所にある。市場といっても背の高いデパートに挟まれて、這いつくばるようにしてある細い通りなのだけれど。
 その出口近くにあるウイグル人の経営する串焼き屋に僕はいた。吹きっさらしの簡易椅子に座って羊の串焼きを頬張りながらビールを飲んでいた。今日、大連の風は強く荒い。強風にあおられてデパートに掛けられた広告がバタバタと轟音を出し、市場から何枚ものビニールが空へと泳いでいった。僕は傍観者の特権として微動だにせずあたりを眺めていた。一本一元(約15円)の串焼きは見る見る冷えていったが、それでも味は落ちない。日本だったら200円はするだろうか。ビールは大瓶で2元。日本での金額は言うまでもない。
 串を焼いている青年を見ていた。強い風にも動ずることなく、串を焼き続けている。彼らは何に対しても決して媚びることがないように思われた。何かに媚びる理由など、どこにもないのだろうと思った。その表情を見ていて、この前張さんが言っていたことを思い出した。大連は安全な町だけれど、スリにだけは気をつけて、新疆人がやっているという噂だから。そう言った張さんは今年の10月から日本に留学したいと希望していて、日本では中国人が犯罪にかかわるとみなされてある種の人間に注意を向けられている。そして、その日本から来た僕は、かつて日本によって占領されていた大連の町の片隅の市場にあるウイグル人の店の簡易椅子に座って小刻みに足をゆすらせていた。
 何事にも媚びないと思われたかの青年を再び見た。彼は中国人の女の子二人組みの客に笑顔を向けていた。風が吹く。ビルに掛かった広告が音を立てる。ビニールが泳ぐ。寒さで足が震える。
 店を出て、近くの露天で小ぶりの肉まんを四つ買った。浅黒い顔をしたおばちゃんに5元札を差し出した。おばちゃんは笑って、中国語で何かをしゃべっていた。5元札を受け取らない。代わりに一元のコインを差し出した。おばちゃんは笑顔のままそのコインを受け取った。張さんは一体いくつの肉まんを売れば日本へ留学できるのだろうと、そのときふと頭に浮かんできた。
 それは、眩暈のような、パースペクティブだった。